よっちゃん氏の文章です

病気の体験から見えるもの @ ピア文化を広める活動で自分なりにできることは何だろう?って考えた折にすぐ出てきたのが文章を書くことだった。そんなこんなで少し思考錯誤ではあるが、「当事者のリアル」を書いていこうと思う。

どうしてもまず、ある程度の病歴があると支援者の支援の限界について考えることがある。

支援者のしていることは当然のごとく「仕事」なので支援の時間は限られる。しかも支援者はたいてい、服薬はもちろんのこと病気の経験もない。そうすると専門学校、または福祉系の大学で学んだ法律や金銭面の制度、そういう勉強しかたいていはしていないので支援者も大体は現場に出てきてからが本当の勝負になってくる。

病気を長く経験してくると、その業界の時系列や、細分化されていくあらゆる障がいの形、それに携わる人たちのいろいろな変化にも驚かされていくことは繰り返される。時に僕の表現方法は「くどい」といわれてしまう時もある。

体験していると当然「リスク」も背負うことになる。「服薬」「貧困」「副作用」等。

でも病気というある意味の「偏見との闘い」は孤独との闘い、または「社会との葛藤」でもあり、そこでひとはまた「貢献する」ことへのありがたみを得てお金を得て少しずつ回復の道を歩んでいくことになる。いろいろとしくじりながらも。僕は現在就労継続B型事業所「グリーンドア「で清掃の仕事を「している。当面の間はこの労働環境でいいと割り切っている。

社会は今もっぱら、「政治家の汚職」「給付金デモ活動」だいたいはお金のことで様々な議論が行われている。

だが、それ以上に当事者の中での「貧困問題」は深刻である。

当事者こそ弁護士をつけたい、自分をあらゆる方向から身を守るために。ただ、貧困なうえそれを雇う費用がない。これは深刻な人権問題である。

そこで「当時者会」が現れてくる。同じような病を持った共同体が、共感を得て議論してあらゆる不平不満を解決していけるのが理想のピアサポート活動だと僕は思っている。「忖度」のない対等な関係性とリカバリーストーリーの共有。

当事者も作業所をはじめとした福祉施設に参加している当事者はたぶんほんの一握りであると思う。

まだまだ福祉施設と縁のない当事者のほうがはるかに多いというのが現実の中、ピアサポーターの需要とともに今後活躍していく場というのはまだまだ未開拓な部分も多いと思う。そこで今回は僕が筆をとってみた。